IFCとは何か?──国境を越えた「お金のハブ」
IFC(International Financial Center/国際金融センター)とは、世界中の銀行・証券・保険・投資ファンド・フィンテック企業などが集まり、金融・投資・決済・資産管理などの高度なサービスを提供する都市型の経済特区です。
代表的なIFCにはシンガポール、香港、ロンドン、ニューヨークなどがあり、国家の経済成長を支える「金融の頭脳」として機能しています。
ベトナム政府は2025年、ホーチミン市とダナン市をIFCとして正式に指定し、国家戦略として国際金融エコシステムの構築を本格始動させました。
政府決定と設立の背景
ベトナム政府は2025年6月、国会で国際金融センターに関する法案を可決し、同年9月1日から施行されることが決定しました。
この構想の背景には:
2021年:首相決定第2097/QD-TTgでホーチミンIFC構想を承認
2022年:ホーチミン市が政府に正式提案、ASEAN金融ハブを目指す
2024年:ダナン市が独自のIFC構想を提出、制度実験やデジタル金融に特化
2025年1月4日:決議第259/NQ-CPにて、ホーチミンとダナンが正式認定
また、財務省や国家銀行も法制度整備に動き出し、ダナン市党委員会は独自に「市レベルの決議29号」を採択し、2025〜2030年に向けたIFC開発計画をスタートさせています。
ダナンIFCの3つの柱:「グリーン×フィンテック×FTZ」
ダナン市が描くIFC像は、伝統的金融ではなく、新しい時代の規制ラボ型金融センターです。
1. フィンテック・サンドボックス制度
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暗号資産、P2Pレンディング、信用スコアリング、API金融などの実証実験
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英語運営、英米法導入などの国際的制度を一部導入予定
2.FTZ(自由貿易区)との連携
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FTZ内で行われる製造・流通(半導体、医療機器など)と連動し、
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IFCで為替ヘッジ・信用供与・資金調達などを一元管理 → モノの流通はFTZ、マネーの流通はIFCという補完関係に
3. グリーンファイナンス特化
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グリーンボンドやカーボンクレジットなど持続可能な資本調達の基盤構築
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ESG型の経済モデルと統合し、国際スタンダードを志向
優遇制度の中身
ダナンIFCに進出する法人や人材には以下のような特典が与えられます:
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法人税率10%(通常20%)、最大15年間適用
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法人税4年免除+その後9年間50%減税
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輸入税の15年間免除
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外国人専門家に対する個人所得税10%
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滞在ビザ最大10年付与など
社会主義国家でもIFCは可能なのか?
「社会主義国で香港やシンガポールのようなIFCは実現するのか?」という疑問は当然あります。ですがベトナムは以下の理由で「限定自由特区型」の金融センターを構築しようとしています:
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社会主義市場経済モデル(制度管理+市場開放)
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特区制度による実験的な規制緩和
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国際法準拠+英語運営モデルの採用
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高度人材育成とデジタル教育基盤の整備
つまり、全土で自由化するのではなく、IFCという「制度実験の場」で部分的自由化を試すアプローチが現実的かつ効果的だといえます。
人材育成・教育投資:ダナン大学とVKUが中核
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ダナン大学は政府・企業・研究者を対象とした専門金融研修プログラムを実施
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フィンテック・国際ビジネス・AI×経済などの学科も整備
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VKUでは2025年からフィンテック/データ分析/ゲームテック/自動車ソフトなどを新設 → 金融人材・IT人材の「地産地消モデル」を構築
経済・不動産への影響
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高所得外国人の流入 → 高級住宅需要の拡大
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オフィス需要の増加 → 商業不動産市場に追い風
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地価上昇・賃料アップ → 投資家の注目度上昇
特にハイチャウ区やタインケー区、ソンチャ区周辺は、IFC構想の進展に伴って地価・賃料の上昇が見込まれる注目エリアとなっています。
一方で、課題もある
① 法制度・通貨制度の整備と透明性
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現行のベトナム法体系は内向きかつ複雑であり、外資が安心して入ってくるには、
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英米法的なルールベースの契約
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国際仲裁制度
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外貨の完全自由化(通貨交換性)
が求められる。
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現状ではベトナムドンの完全な国際交換性がなく、資本移動も制限されており、IFCとしての「自由な金融活動」を保証するには大幅な制度改革が必要。
①に対する対策
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制度特区”としての分離設計
- ダナンIFCおよびFTZ内での限定的通貨自由化・資本移動の自由を認める方向で調整中。これは国全体ではなく「制度実験ゾーン」として管理される。
- 法整備ロードマップの策定
- 国家銀行(SBV)、財務省、司法省が中心となって、英米法モデル・英語による金融仲裁・契約実務の整備を進行。
- 外国人向け金融ライセンス制度
- 特定条件を満たす法人・人材に対し、優遇された取引資格・為替アクセス権を与える案が議論されている。
✅ 進行度:中程度(制度草案段階、2025年末に一部運用開始予定
②金融・法務・IT分野の高度人材の不足
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フィンテックや国際会計、金融コンプライアンスの専門人材がベトナム国内では極端に少ない。
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英語で交渉・契約・判断できる層が不足しており、国際標準での運営に不安が残る。
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教育機関(ダナン大学・VKUなど)の育成プログラムは始まったばかりで、人材供給が需要に追いつくまでには時間がかかる。
②に対する対策
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ダナン大学・VKUなどによる金融特化学部の新設
- 2025年からフィンテック・国際ビジネス・AI×金融のコースが本格稼働。短期専門研修も並行実施中。
- 公務員・行政官向けのIFC研修プログラム
- 管理部門も含めた制度理解・英語運営・国際対応の底上げが進行。
- 外部人材の招聘・インターン制度
- シンガポール・韓国・欧州などからの金融人材誘致、大学・企業連携によるインターン制度も整備中。
✅ 進行度:高(既に教育は始まっており、2025年に人材供給が始まる)
③国内外の投資家からの「制度信頼」の確保
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「社会主義国家で本当に自由で透明な運営がされるのか?」という根本的な不信感は根強い。
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国家主導のプロジェクトである以上、「急な政策変更」や「権限の曖昧さ」がリスクとなりうる。
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過去に他の特区(例:Vân Đồn経済特区)が計画倒れ・遅延した事例があるため、慎重な目で見られている。
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“言葉ではなく制度の実績”が信頼を生む。透明な規制、独立した仲裁機関、外資への法的保護が鍵。
③に対する対策
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明文化された優遇政策(決議第259/NQ-CP)
- 税制優遇、滞在ビザ、金融自由度などを国会決議レベルで明文化することで、政治的安定性を対外的に提示。
- 仲裁機関・第三者監査制度の導入検討
- IFC内で発生した契約紛争を扱う独立した仲裁機関の設置、金融取引の独立監査制度の整備を計画。
- 試験的ライセンス制度(Sandbox)
- 規制緩和下での事業活動が「透明な枠内」で行えるよう、段階的ライセンス制度と監査制度がリンクされている。
✅ 進行度:中程度(信頼構築は制度実績が出るまでは不透明)
総括:理想と現実の狭間で──ダナンIFC構想は“挑戦する価値のある国家実験”である
ダナン国際金融センター(IFC)構想は、シンガポールや香港のようなグローバル金融都市をベトナムに根づかせようとする壮大な国家的挑戦です。
それは単なる都市開発ではなく、制度・教育・通貨・人材・都市インフラのすべてを巻き込んだ「経済構造改革の実験」でもあります。
もちろん、社会主義国家という体制上の制約、法制度の未整備、人材の未熟さ、国際信頼の不足、都市インフラの限界など、課題は山積しています。
しかし注目すべきは、ベトナム政府およびダナン市がこれらの課題を明確に認識し、先手を打って段階的に対策を講じているという事実です。
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制度面では「限定特区」としての通貨・資本自由化や英米法モデルの導入を準備
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教育面ではダナン大学・VKUなどによる高度人材育成がすでに始動
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インフラ面ではスマートシティ計画やデジタル基盤(5G・クラウド)整備が進行中
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信頼性向上のために、明文化された法的優遇措置と国際的な仲裁・監査制度の整備も検討中
これらの動きは、ベトナムが単に「金融業を呼び込む」のではなく、制度・人・都市の在り方そのものをアップグレードしようとしている証拠です。
投資家・事業者にとっての意味
ダナンIFC構想はまだ始まったばかりであり、まだ制度や市場が成長途上、これから形づくられていく段階です。
しかし同時に、早期に参入した事業者・投資家には大きな「先行者利益」が期待されるフェーズでもあります。
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土地・不動産の価格は、このIFC構想だけではなく、6月の自由貿易区(FTZ)の設立や7月1日から実施されたクアンナム省との統合、政府による積極的な投資誘致政策を背景に、今後さらなる上昇が期待される
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規制制度は柔軟性を持って設計されている
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国際競争相手がまだ少ない
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政府・行政・大学との距離が近く、共同実証や産学連携がしやすい
結論:これは「可能性に投資する案件」──10年後の正解を先取りできるかどうか
過去を振り返れば、シンガポールが1970〜80年代に港湾・金融のハブとして躍進した背景には、政府主導の制度設計と国際的な信頼構築がありました。
また、中国・深圳も経済特区として整備された初期段階では不透明さが指摘されながらも、段階的な制度改革によって実績を積み、現在の国際都市にまで成長しました。
ダナンもまた、社会主義国家における制度的柔軟性と民間活力を融合させた“制度実験都市”として、大きな転換点に立っています。
この構想は既に始まりつつある都市再編と政策転換の一環です。
自由貿易区、ハイテク誘致、教育改革といった複数の施策が連動する中で、金融センターとしての基盤も一歩一歩築かれています。
いま動くことは、未完成だからこそ可能な「ルールメイク側」に立つ機会であり、
制度・都市・人材の変化を先取りした投資判断こそが、将来の差を生む可能性を秘めています。
参考文献・ソース一覧
| 出典 | 内容 |
| 決議第259/NQ-CP(2025年1月4日発出) | ホーチミン市・ダナン市を国際金融センターの設立地として認定 |
| 首相決定第2097/QĐ-TTg(2021年)| 2030年までの金融市場発展戦略/IFC構想のベース |
| ベトナム国家銀行(SBV)および財務省ガイドライン| IFC内での規制調整・通貨制度・外資関連の運用に関する指針 |
| 決議第29-NQ/TU(2025年4月26日 ダナン党委員会) | 2025~2030年におけるダナンIFC推進計画 |
| メディア/URL | 内容・引用箇所 |
| [Vietnam News(vietnamnews.vn)](https://vietnamnews.vn/economy/1719586/da-nang-rising-star-of-global-financial-innovation-in-viet-nam-experts.html) | 「Da Nang: Rising star of global financial innovation」専門家の提言(アンディ・クー氏、VBAチュン会長、ザ・メティス代表)ESG×グリーンファイナンス×国際ガバナンス等 |
| [VnExpress、Tuoi Tre、Thanh Nien など国内紙(2024〜2025年記事)] | IFC法案可決、税制優遇の具体内容、外国人専門家向け政策 |
| [Saigon Times/Vietnam Investment Review (VIR)] | 外資進出・法人税・輸入税優遇、特区制度の解説 |
| [CafeF、CafeLand、不動産業界誌] | IFC構想が不動産市場に与える影響分析、不動産価格予測 |
| 機関・大学名 | 内容 |
| ダナン大学(University of Danang) | 決議第29号に基づく研修プログラム/学科新設の情報(フィンテック・AI・経済) |
| ベトナム–韓国情報通信技術大学(VKU) | 2025年新設4学科(フィンテック・データ分析・ゲーム・自動車ソフト) |
| 経済大学(ダナン大学傘下) | 公務員向け金融研修、国際フォーラム参加、国際認証の取得計画 |